[ 西安と2度目の北京編 ] 楊貴妃墓
楊貴妃墓
| <玄宗と楊貴妃の物語ハイライト> 玄宗は則天武后の孫にあたり、唐の6代皇帝。容姿端麗、歌と舞踊に長けた楊貴妃はすでに皇子の妻でしたが、玄宗の愛を受け妃となりました。荒廃しつつあった政治を立て直した実力のある玄宗。しかしながら政治への関心は徐々に薄れ、楊貴妃との愛の日々におぼれていきます。楊貴妃の親族が宮廷を牛耳るようになると、それに反旗を翻した武将が兵を挙げました。玄宗と楊貴妃は長安から逃げますが、その道中疲労と飢えに苦しんだ兵士たちの怒りは頂点に達します。混乱の元凶となった楊貴妃の親族を次々と殺し、ついにその矛先は楊貴妃に向けられてしまいました。玄宗は泣く泣く楊貴妃に死を命じ、楊貴妃は現在墓のあるこの地(当時の馬嵬駅)で37年の生涯を閉じました。 |
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| 楊貴妃墓の入口、大門。 | 土で顔を洗うと美人になるという 言い伝えから土がなくなるため、 現在セメントで覆われています。 |
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| 楊貴妃墓の後ろにある階段を上がると、優艶な楊貴妃の像に出会えます。 | ||||||||||
【DATA】
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